相手を勝たせて自分も勝つ [給料袋メッセージ98]

【相手を勝たせて自分も勝つ】

月給袋メッセージ。今回は、先日の社内研修で学んだことを振り返りました。
(通算98号)

 

■■■■■■■■■■■■■■■

 

社員の皆さん、ご家族の皆さんへ

 

いつも社業への貢献、ありがとうございます。アチーブメントさんによる社内研修、その第3回目が先週行われました。私が6年前から学んでいる連続講座で、経営、いや人生そのものについて大切な考え方をいくつも教わりました。先週行った実習で私たちが気づいたものが「相手を勝たせて自分も勝つ」という考え方でした。これは、私が学んだものの中で最も大事な価値観の一つです。だから、この実習を社内で行うことは数年来の願いでした。社員全員で受けていただけたこと、あらためて感謝します。

 

勝ち方(負け方)には4種類ある。自分が勝って相手が負ける「勝・負」、自分が負けて相手が勝つ「負・勝」、相手を勝たせて自分も勝つ「勝・勝」、自分も相手も負ける「負・負」。それを学びました。

 

私が初めてこの実習を受けたのは5年前の2月、東日本大震災の直前のころでした。自分がどれほど利己的な考え方をしているか、嫌と言うほど気づかされました。私たちは普通、「勝つ」といえば「相手に勝つ」「相手を負かす」ということを無意識に選択してしまいがちです。思うに幼少の頃から、人と競争すること、人と比べられること、相手に勝つことを求められて人生を過ごしてきました。勉強、スポーツ、クラブ活動、就職、その他のさまざまな領域で。いや、そもそも人間も動物の一種ですから「他者より抜きん出ること」というのは、生物としての本能なのでしょう。

 

利己的、利他的という言葉がありますが、考えてみると動物は本来、利己的です。利他的な動物などいるでしょうか。利他的なネコ、相手中心のサルなどいません。ここに人間と動物の違いがあるのかもしれません。利他的であることが出来るのが人間の能力の一つ。でもそれは簡単なことではなく、だから尊いのだと思います。

 

余談ですが、別の意味で人間は動物以下の存在でもあります。テロや戦争による殺戮、自分たちの生存を脅かすほどの公害(放射能汚染など)は、動物にはなしえない愚かなことです。

 

高校時代の倫理の授業で「人は人に対して狼である」という言葉を習いました。人間も動物の一種だとすれば、それが人間のもともとの姿なのでしょう。

 

アチーブメントで教えられました。「人はみな同じ脳のメカニズムをもって生まれてくる。パソコンにたとえれば、ハードウェア(OS)はみな同じ。しかしそこに入れるソフトが違う。それが考え方。自己中心的なソフトを入れる人間もいれば、相手中心のソフトを入れることも出来る」と。それが人間としての成長なのだと思います。

 

磁石のS極とS極、N極とN極は反発しあいます。だからSとNを逆にし、相手中心で物を考えて初めて人間関係が上手くいく。そうとも教えられました。

 

 

この一連の研修を終えて、私は5年前(41歳の時)に自分自身との「契約の言葉」というものを作りました。41年間のさまざまな反省を込めました。以前にもご紹介しましたが、次のような言葉です。

 

「私は仲間を勝たせるリーダーです」

 

この実習を通して得た気づきが出発点です。縁ある人を勝たせよう、そうしてこそ自分も勝つことが出来る。私にとっては家族、社員、お客さま、そして社会。縁ある人に「利他の心」を持って貢献しよう。そういう誓いを込めました。

 

アチーブメントの青木仁志社長の言葉に「パワーパートナー」というものがあります。その意味は「共通の目的目標をもち、その人の成功があなたの成功となる人」。まさに私にとっては家族と社員が最高最大のパワーパートナーです。社員を勝たせることによって会社の成功を勝ち取る。家族もしかり。

 

アメリカの鉄鋼王、アンドリュー・カーネギー。彼の墓碑に刻まれているという有名な言葉もこれに通じます。
「己より賢き者をそばにおく技を知る者、ここに眠る」
自分より優秀な人に力を貸してもらうためには、利己的であっては始まりません。

 

カーネギーにはこんな言葉もあります。
「他人の利益を図らずして、自ら栄えることはできない」

 

木村塾の木村勝男会長にも、素晴らしいセリフがあります。
「幼いころ私は『テイク&テイク』だった。働き盛りで『ギブ&テイク』になり、さまざまな経験を経ていま『ギブ&ギブ』になろうとしている」

 

いずれも、利他の心に根ざしたもの。相手中心の考え方。言い方は違っても同じ一つのことを言っています。感動します。

 

さて、私も「仲間を勝たせる」と立派な契約の言葉を作りましたが、それからも数々の「契約違反」をしでかしています。感情的になって怒ってしまったり、自分の正しさだけにこだわったり、人を許すことが出来なかったり、利己的なさまざまなことがそうです。

 

そんなとき、あとから反省することが出来ます。いまの行動・言動は契約違反だったな、と。思うに契約の言葉や人生理念というものは国にとっての憲法のようなもの。憲法にちゃんと明文化されているから、それが合憲なのか違憲なのかを判断できます。そして日本国憲法でいえば「平和主義」(戦争放棄)という崇高な理念は、過去の戦争の惨禍に対する大きな反省から生まれています。

 

 

私も「仲間を勝たせる」という契約の言葉を、これからも生きます。契約違反していたら、ごめんなさい。

 

2016年12月22日
坂元鋼材株式会社 代表取締役 坂元正三