自分自身の戒名 [給料袋メッセージ 168]

【自分自身の戒名】

 

きょうは24日、給料袋のメッセージを書きました。
昨日のお彼岸に念願だったお墓の移転を果たしました。そのことから自分の戒名は何だろうか、と考えてみました。

[通算168号]

 

■■■■■■■■■■

 

社員の皆さん、ご家族の皆さんへ

 

昨日はお彼岸でしたが、坂元家にとって特別な一日でした。先祖の故郷(兵庫県宍粟市山崎町)にあったお墓を、このほど私の自宅のある奈良県生駒市に移転しました。

 

そして昨日、故郷のお墓に入っていた祖父、そして22年前になくなった父、11年前になくなった祖母、その3人の遺骨をお墓に納めました。

 

■ 人は死ねば土になる

 

自分の手で納骨をするのは初めてだったのですが、骨壺から骨を取り出して白い布袋に移し替えるのですね。お墓の下は土なので、10年もすると分解されて本当に土に還るのだそうです。

 

2カ月前に兵庫県の故郷にあったお墓から取り出した祖父のお骨は、陶器の骨壺に入っていたので、いまも鮮やかな白色でした。

 

しかし今度は布の袋です。おじいちゃん、おばあちゃん、お父さんも、これで本当に土になります。ようやく深く長い眠りにつくのだと、しみじみ思います。

 

戦前に山あいの農村から大阪の下町に出てきて鉄の商売を始めた祖父母、婿養子として坂元鋼材の2代目社長となって懸命に商売を守ってくれた父。

 

本当におつかれさまでした。ありがとうございました。

 

 

■ 戒名のこと

 

お墓は真ん中に墓石があり、横に霊標があります。そこに3人の俗名と、戒名が刻まれています。

 

願楽院釋慶正   (俗名:坂元正二)
願行院釋良秀   (俗名:坂元良三)
浄願院釋尼妙春 (俗名:坂元はる)

 

やがてここに、順番ならば母、そして私が刻まれます。

 

 

霊標を見ていて「自分の戒名は何だろうか」と思いめぐらせました。

 

22年前に父を見送った時は、父が病院でなくなってから葬儀を準備するあわただしい数日間で、お寺さんに生前の父の様子をヒアリングしていただいて、しかるべきお金を支払って付けていただきました。

 

11年前のおばあちゃんの時も同じ。お寺さんにおばあちゃんの人生航路をお話しし、付けてもらいました。

 

自分の戒名は自分以外の人間が決めるわけです。うちは信心深い方ではなかったので、お寺さんとの関係もあまり深いわけではありません。

 

お供えする金額によって「●●院」というのがついたりつかなかったり。5万円、15万円、25万円みたいに3通りほど提示されて、迷ったけれども一番高いものを選んだ覚えがあります。

 

■ 生前に付ける戒名

 

ところが、戒名を「生前から持つことができる」ことを知りました。教えてくださったのは、当社の顧問である立道岳人先生です。先生は本業が経営コンサルタントですが、出家されておられ僧籍をお持ちです。

 

富士銀行で中小企業融資に力を尽くされ、やがて会計事務所勤務を経て独立。中小企業を金融面から支援することを目的に「株式会社久遠(くおん)経営」を創業されました。

 

この「久遠」というのも仏教用語で(永遠という意味)、顧問先企業の永続を支援するという理念を社名に込められたわけです。

 

大手都市銀行を辞め、コンサルタントとして独立開業するまでの人生の選択の時期、思い悩んだ立道先生は仏門を叩きます。

 

自分は何をもって社会に貢献し、どんな人生を生きたらよいのか。奈良の街を散策していたある日、写経のために入った小さな寺(南都十輪院)で住職さんから聴いた言葉が人生を変えました。

 

「生きる目的は心を進化させること」

 

「死んだら何も持って行けない。死んで持っていけるのは魂だけ」

 

「生きている間にどれだけ魂の質を高めることが出来るか」

 

心が震えた瞬間でした。幼少期、青年期、そして現在までの人生を振り返り、仏門に入ることを決意して「得度」を受けます。得度というのは出家して僧侶や尼になることです。

 

真言宗醍醐派・新発意(しんぽち=修行僧)  信岳(しんがく)

 

この「信岳」というのが立道先生の戒名です。ご自身のお名前(俗名)から一字を取られ、生きるべき理念(信)を込められたわけです。

 

■ 当社の救世主、立道先生

 

立道先生はリーマンショック後の苦境にあえぐ当社を救ってくださいました。
当時のPLは年商が半減して大赤字、BSは年商を大きく超える4億円近い有利子負債を抱えて苦しんでいました。自己資本比率が10%を切っており、資金ショートすれば企業は倒産します。

 

立道先生は私と一緒になって銀行交渉に乗り出してくれ、有利な条件で融資可能なように導いてくださいました。キャッシュフローの考え方を丁寧に教えてくださり、決算書の見方も懇切丁寧に指導してくださいました。

 

その後の12年間の当社の立ち直りは、立道先生の指導なしには不可能でした。
12年間お付き合いさせていただき、立道先生はまさに「信頼のコンサルタント」だと心底から思います。ご自身の戒名にまさに生きておられます。

 

だからこそ、私ももう5名以上の友人経営者をご紹介させていただいており、立道先生が顧問に入ったお会社は軒並み財務を改善されたり、ピンチを脱出したりしています。

 

■ 木村勝男会長の戒名

 

立道先生と出会って数年後、ご自身の戒名を持っておられる方にもう一人出会いました。木村塾(BS経営研究所)の木村勝男会長です。

 

生涯で30いくつものビジネス、それもすべて未経験の商売に次々にチャレンジし続けられました。戦後日本の起業家・教育家として巨大な足跡を残されました(3年前に他界)。

 

木村会長はニューヨークにある大菩薩禅堂金剛寺(臨済宗妙心寺派)で受戒接心というものをされておられ、戒名は「鳳雲勝導信士」でした。

 

木村塾でも「学校(研修)は頭を鍛える場、お寺は腹を鍛える場」とおっしゃっていました。

 

会長は般若心経の写経を日課とされ、5000枚の写経が残されています。一日一枚としても13年半かかりますから、おそらく60代半ばから始められたのでしょう。
その写経の最後には「鳳雲」という戒名を書いておられました。毎日、この戒名を目に焼き付けられたわけです。

 

会長にしても人間です。つらい時、厳しい時、時には怒りに震えるような時もあったに違いありません。

 

そうしたときに「鳳のように、雲のように大きな存在だったとしたら、どう対処するか」というふうに常に自問自答しながら、自らを律されたのだと思います。

 

それにしても、鳳雲とはなんとスケールの大きな言葉でしょうか。まさに木村会長にピッタリの戒名だと思います。豪快で懐が深く、そして無限の優しさをたたえたお人柄でした。会長の人生はこの素晴らしい戒名に支えられていたんだとしみじみ思います。

 

木村勝男会長の座右の銘は「やってみなわからん、やったことしかのこらん」というもので、この言葉は木村会長のお墓に実際に刻まれています。お墓の正面に堂々と「やってみなわからん、やったことしかのこらん」と彫られているのですから、墓石として極めてユニークです。

 

 

会長の生き様は多くの起業家・中小企業経営者に勇気を与えましたし、これからも大きな見通しであり続けます。

 

(木村勝男会長の写経 4998枚目)

 

■ わたし自身の戒名

 

尊敬するお二人の姿を間近に見て、私も自分自身の戒名を自分の手でいつかつけてみたいと思うようになりました。

 

私自身の戒名、それは私自身が「こう生きる」と自分自身で未来を宣言するということです。

 

先月の給料袋メッセージでも触れましたが、私には「自分自身との契約の言葉」が2つあります。

 

アチーブメントの研修で自分自身を深く内省して作ったものです。前回8月の給料袋メッセージでも触れました。

 

■ 私は仲間を勝たせるリーダーです

 

10年前の研修で作った私の初めての契約の言葉が、「私は仲間を勝たせるリーダーです」というものです。

 

利己的な自分を反省し、相手を勝たせることを目的に生きなければならないという自分への「戒め」を込めたのですから、まさに戒名に通じます。

 

戒めの言葉ですから、これに反すれば(契約違反すれば)罰が下ります。

 

契約の言葉を作って2年後、社員を怒鳴って辞めさせてしまうというパワハラ(外的コントロール)をしてしまったとき、その社員から慰謝料請求がきました。天罰が下ったのでした。

 

痛い経験でしたが、天が原理原則の大切さを教えてくださったのだと思って感謝しています。

 

外的コントロールは何物をももたらさないと骨身にしみました。あの経験がガードレールとなって、それ以上の転落から免れたわけです。

 

その後は外的コントロールに頼らずに組織運営できるように、自分自身を律し続け、社員の採用方法も見直し、会社の水質も磨きましたし、いまもその過程にあるわけです。

 

■ 私は責任を果たすチャレンジャーです

 

私が3代目を継いで22年、経営もようやく安定しました。しかしここで安住するのでなく、百年企業にいたる次の30年の更なる発展を目指して、いくつものチャレンジをする必要がある。

 

安全志向になりがちな意思弱き自分自身を鼓舞するための言葉として、第2の契約の言葉を作りました。

 

それが「私は責任を果たすチャレンジャーです」というものです。

 

「経営者は判断力で飯を食っている」とは、青木仁志先生の言葉です。

 

判断に迷う時、目の前の道が二つに分かれているとき、「どちらがチャレンジングなのか」と自問し、安易な道を選択することをこの契約の言葉をもって戒めようと思います。

 

そして、その選択が一旦は間違ったとしても致命傷にはならないように「責任を果たす」という自戒も込めています。

 

最悪を想定し、チャレンジを選択できる勇気を持ち続けます。

 

■ 人間の死亡率は100%

 

持って帰ってきたお墓は自宅から歩いて5分ほど。緑にあふれた環境にあります。週末の私のウォーキング・コースです。自分が最後に落ち着くべきところが定まり、腹が座った気がします。

 

人間の死亡率は100%。当たり前ですが、必ず死を迎えます。しかしそれがいつかは誰にもわからない。その時に悔いのないように、生まれ変わってもこの人生をもう一度生きたいと思えるような生き方をします。

 

人は死んでは何も持っていけない、持っていけるのは磨いた魂だけである。
次の30年間、よろしくお願いいたします。

 

2021年9月24日
坂元鋼材株式会社 代表取締役 坂元正三

 

■ Facebook ページ