【リニア中央新幹線を危惧する】
きょうは25日、給料袋メッセージを書きました。
いつもと少し趣向を変えて、現代社会の抱える問題を長期的・本質的・客観的に考えてみました。
[通算169号]
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社員の皆さん、ご家族の皆さんへ
今月はやや個人的なことから始めますが、よろしければお付き合いください。
私が若いころ、会社の跡継ぎであるにもかかわらず大阪を飛び出して新聞記者を志したことはご存知かと思います。
なぜそんな思いを抱いたのか、昔の記憶をたどってみました。
■ 「過適応(かてきおう)」 ―― 小学生の時の記憶から
どうやら原点の一つは小学校高学年の時に見たテレビ番組だったように思えます。
日曜の夜に「知られざる世界」という科学番組がありました。
毎週テーマが変わるのですが、ある放送回で「過適応」という言葉が語られていました。
太古の昔、地球上の主人公は恐竜でした。
大きく発達したその体格は他の動物を捕食するのに有利でした。
しかし氷河期になるや、その巨体を維持するのに必要な食物が不足し絶滅に至ります。
発達しすぎた肉体が「あだ」になったのでした。
同様にオオツノジカ(大角鹿)という生物は、大きく進化したツノが最初は敵を倒すのに有利だったものの、
大きすぎるツノが骨格のバランスを崩してしまい、やがて絶滅します。
つまり最初は敵を倒し、自分が生き残るのに便利なように環境に適応してきたものの、
その適応の度が過ぎたばかりに、やがては自滅を招いた。
それが「過適応」だというのです。
そして、このように語られました。
いまや地球上には人類を何百回も滅ぼすほどの核兵器が存在している。
これは人類にとってのまさに過適応ではないか――。
その番組はおそらく私が小学校高学年だったころで1980年前後、米ソ冷戦の真っ最中でした。
もう40年ほど前ですが、俳優・佐藤慶の重厚なナレーションとともに記憶の底に刻まれています。
■ 核戦争後の地球 ―― 中学生の時の記憶から
中学3年の時に見た番組(1984年)も、まだ脳裏から消えません。
NHK特集「核戦争後の地球」です。
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米ソの核戦争がひとたび勃発するや、地球上は炎の海と化す。
そして成層圏にまで達した灰が地球を覆って太陽光を遮り、
今度は地球上が凍結する――。
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まさに過適応の世界です。
数年前、この番組のダビングDVDを知人から頂いて30数年ぶりに見ました。
少年時代に見た通りの戦慄の映像でした。
いまはネット動画でも視聴可能です。
■ チェルノブイリ原発事故 ―― 高校生の時の記憶から
そして新聞記者を志した決定打は高校2年の時でした。
1986年4月26日、ソ連のチェルノブイリ原発事故です。
当時、原発の危険性に警鐘を鳴らしていたジャーナリスト・広瀬隆氏のこのような言葉に出会います。
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人類を何度も殺すだけの能力を持つ核兵器。
それについてはまだ発射スイッチを押すかどうかの選択(希望)が人類に残されている。
しかし、すでに原子炉の中では数十年前にそのスイッチが押されており、
しかもそれを入れた容器が徐々に壊れ始めている。
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■ 福島第1原発の事故
手元にその書がすぐに出てこないので30年以上前の記憶で書いていますが、
いまだ忘れられないほどにインパクトのある筆致です。
広瀬氏は「このままでは数年以内に日本でも原発事故が起こる」と記していました。
「数年以内」こそ免れたものの、東日本大震災(2011年)で福島原発事故が起こることを私たち日本人は阻止できませんでした。
放射性物質を人間は制御できない。
たとえ一時的にコントロールしてみたところで、最終処分する場所もなければ方法もない。
何千年、何万年経っても消えない多量の猛毒物質。子孫への恐るべき罪だと思います。
これこそが現代社会の生み出す究極の「過適応」ではないか、そう危惧します。
■ 「リニア中央新幹線」への疑問
いま、もう一つ大きな不安を覚えるものがあります。
東京・名古屋を40分、東京・大阪を67分で結ぶというリニア中央新幹線計画です。
東京・名古屋間は2027年の開通を目指しており、わずか6年後の未来です(大阪までは16年後の2037年を予定)。
そんな近い未来の話なのに、テレビも新聞もほとんど話題にしません。なぜでしょうか。
私は以前からとても気になっており、関連の書籍が出版されるたびにコツコツと読んできました。
知れば知るほど不思議な計画です。
気がかりなポイントを少しまとめます。
◆ 路線の8割以上が地下トンネル
主に用地取得の問題から、ほとんどが地下を走行する。
東京・名古屋間の直線ルートを採り、南アルプスの真下をトンネルが貫通する。
つまり日本最大の断層帯をトンネルで横切る。
いまから想定される南海トラフ大地震などの発生時、
地下トンネルの深いところで被災することになる列車や乗客はどうなるのだろうか。
◆ 環境破壊
その南アルプスのトンネル貫通により下流域の渇水が心配されており、
静岡県は同県通過部分の着工をいまも認めていない。
◆ 残土の問題
東京・名古屋の8割以上がトンネルということは、それだけ膨大な量の残土が出る。
これはどう搬出するのか、どこへ持って行くのか。
今夏に起きた熱海の土石流災害では、その原因は不法に放置された残土でした。
◆ 無人運転
運転士はおらず、遠隔地の集中制御室からコントロールする無人走行。
万一の事故や地震の際はどうなるのだろうか。
南アルプスの深度1400メートルの地下トンネルで取り残されることは想定外だろうか。
◆ 実際の移動時間はどこまで短縮されるか?
品川駅、名古屋駅ともホームは相当深いところに設置される。
いま東京でも最も深い位置にある地下鉄・大江戸線よりもさらに深く、延々とエスカレーターで降りてゆく。
地上からホームへの移動時間がかかればかかるほど40分(67分)という走行時間の短さは意味を殺がれる。
◆ テロ対策
セキュリティに航空機並みの厳格さを適用すれば、トータルの移動時間はさらに長くなる。
飛行機での手荷物検査の煩雑さや時間ロスがリニアにもついてまわる。
しかしセキュリティ対策は省略できるだろうか。
地下トンネルで爆破テロが起こればどうなるだろうか。
想定外ですまされるだろうか。
◆ 使用電力が新幹線の3-5倍
時速505キロの高速走行は莫大なエネルギーを消費する。
JR側の見解でも新幹線の3-5倍の消費電力になる。
それは原発再稼働を前提としていないだろうか。
◆ 電磁波
強力な電磁石を使用して走行する。
そこから発生する電磁波が人体に及ぼす影響は不明。
◆ 需要は見込めるか?
これから日本の総人口が本格的に減少していく。
1億人を切っていく時代、輸送客数は伸びるだろうか。
さらにポストコロナ時代の価値観の変化が加わる。
通信技術の発達で、ビジネス需要は減るだろう。
◆ 運賃
JR東海は運賃を名古屋までで「新幹線の700円増し」と公表しているが、
本当にそんな低料金で実現できるだろうか。
イニシャルコスト、ランニングコスト、いずれも新幹線を大きく上回る。
未知の難工事は建設コストを膨れ上がらせるだろう。
それは運賃で回収しなければならない。
トータルの移動時間が早くなく、危険性が不明、そして高額な運賃。
いったいどれほどの人が利用するだろうか?
◆ 大深度地下は掘っても安全か?
東京、名古屋、大阪など大都市を通過する部分は「大深度地下」を通る。
40メートル以深であれば地上の地権者の許可なく開発できる「大深度法」が成立して可能になった。
ところが昨年、東京・調布市で外環道トンネルの工事中に地上の住宅街で陥没事故が発生した。
真下をリニアが通行する予定地の住民は不安を抱え、工事差し止めの裁判を起こしている。
◆ 「絶対にペイしない」
これはJR東海の山田佳臣社長(当時)が2013年に記者会見で発言したもの。
当事者自らが経営的に成り立たないことを表明している。
リニア関連書籍を何冊も読みました。
知れば知るほど計画の不思議さを感じます。
リニア推進側の書物(葛西敬之JR東海会長)も併せて読むと、論点をよく対比できます。
■ ポストコロナ時代を迎えて
昨年来のコロナ禍ではオンラインやリモートの便利さが明らかになりました。
ZoomなどのPC会議がいかに便利か、コロナ時代になって私も初めて気づきました。
これから日本全体でビジネスの出張需要は明らかに減るでしょう。
「リモートがリニアのニーズ消していき」
これは毎日新聞に載った時事川柳です。
ポストコロナの時代を上手に表現しています。
そもそも戦後日本社会は大都市、とりわけ東京への一極集中を進め過ぎました。
東京・大阪を67分で結ぶというリニア計画は、この過度な集中をさらに強めるものです。
コロナ禍が戒めとなってこの流れが是正されるでしょうか。
過度な集中でなく適度な分散になれば全国の地方が生き返ります。
これこそが日本再生の道のように思えます。
■ 現代の「過適応」
いまSDGs(持続可能な開発目標)ということが盛んに言われています。
GX(グリーン・トランスフォーメーション)という言葉も生まれています。
地球温暖化など環境破壊への危惧を背景にしたものです。
持続可能性を無視してビジネスは成り立たない時代になりました。
最近はスーパーやコンビニでもレジ袋が有料になったり、ストローが紙製になったり、
身近なところでの変化を感じます。
しかしリニアや原発など我々の手が届かない巨大開発には、なぜブレーキがかからないのでしょうか。
不思議でなりません。
高速鉄道のスピードは速ければ速いほど良い。
いまの時代さえ便利なら放射性廃棄物は子孫に残して良い。
もしそんな考えが日本人にあるとするならば、それこそが私たちの「過適応」ではないでしょうか。
2021年10月25日
坂元鋼材株式会社 代表取締役 坂元正三