【明けない夜はない】
=コロナ禍における道頓堀ホテルの取り組み=
ことし2020年は「コロナの年」として世界史に記憶されるはず。
その渦中で中小企業経営者がどう葛藤したか。
インバウンド(訪日客)需要で絶好調だった昨年までから急転、売り上げ消滅の危機に瀕した道頓堀ホテルグループ。その経営者・橋本明元さん(専務取締役)から90分に渡る報告をお聴きしました。
コロナの荒波にとことんあらがった魂の記録です。
(大阪府中小企業家同友会・日中経済交流研究会10月例会)
■ 売り上げ消滅
中国から来日した祖父が裸一貫から作ったのが道頓堀ホテル。それを孫として引き継いで実兄とともに経営しています。大阪ミナミに乱立するビジネスホテル群との差別化として、インバウンド需要を取り込む戦略が奏功し、昨年までは年間数億円の経常利益を叩き出すほどに成功しました。その底には「日本と世界の架け橋になる」という理念から発する思いがありました。
しかし、今年に入ってからのコロナ事情により状況は180度変わります。宿泊客のほとんどを占める海外からの旅行者が消滅し、さらに国内需要も激減。
瞬間的に売り上げゼロにまで落ち込むという、まさに想定外。ダム式経営を心掛けてきた同社にとっても「まさか」という事態です。
「インバウンドが大当たりして絶好調の時、講演依頼もバンバン来た、気持ちよかった。いまは苦しい。けれど、本音で話せる」
コロナ禍になって「初めて」とおっしゃられるこの日の講演で、橋本専務はきわめて素直な心情を語られました。
■ 毎月6000万円のキャッシュアウト
系列のすべてのホテルが休業に追い込まれたとき、お金の計算をしました。約100人いる正社員、それにアルバイトにも給与を全額保証します。過去数年間いくら絶好調だったとはいえ、背筋が凍る思いです。維持費などを合わせて毎月6000万円がキャッシュアウト。
「会社が持つのか?」
社員には「休業補償10割」――。会社に来ても来なくてもコロナ前の水準です。正社員が約100人のほか、さらにアルバイトが約200人。アルバイトの処遇をどうするか、一瞬悩みました。しかしアルバイトといっても、めちゃ頑張って働いてくれている、もちろん生活が懸かっている。日本で頑張っている留学生たちもいる。「会社に来ても来なくても、全額支払う」と決断しました。
赤裸々な心境が、数字を交えて語られます。そこには心の葛藤、迷い、そして信念が投影されています。経営は決してきれいごとではない。
■ 社員との絆
「伸びない時は、下に根を張る行動をしよう」――。
その思いから、社員教育に改めて向き合いました。そして新卒の内定者合宿も重ねました。時間はたっぷりある。
もともと、新卒採用した子たち全員の家庭訪問をして両親に会う、という極めて理念的な行動を貫いてこられました。遠くはネパールまで、そして最近もカンボジアに行きました。
そこは貧しい生活状態でしたが、日本から来た経営者として「映画スターなみ」に大歓迎されます。カンボジアのご両親は子供が日本で働くことをどれほど誇りに思っているか、しかし、一方で親としては寂しい。そんな「超遠距離」の家庭訪問で社員やご家族との絆を深めるのが橋本流です。これまでに中国、韓国など60件くらい回ったというから筋金入りです。
こんな極限のコロナ事情になっても、なぜ経営をあきらめないか。それは――「ご両親の思いに触れたから。『いい会社にする!』と言った。だから、あきらめられない。会社をつぶしたらあかん」
■ 将来を見据えた行動をしよう
社員にも経営者にも「2つの鏡」が必要と言います。
・ 顕微鏡=いまの状況をしっかり見る
・ 望遠鏡=3年後5年後どうなるか
だからこそ、いまは大変だけど、将来を見据えた行動をしようと心がけ、社内にも呼び掛けています。
内定者合宿を3回やるのも、それです。「入社するまでに少なくとも人間関係は作ってあげたい」
教育だけでなく、設備投資も重ねました。
時間があるのでホテルの部屋の掃除ばかりしました。すると、創業50年になるホテルの古さが目につきます。壁紙などが気になって仕方がない。
「こんな部屋を売っていたんだ」
改修の見積もりを取ると1200万円。赤字垂れ流しの時に設備投資、「いったい、どないやねん」と思った。でも、客室が稼働していない今だからこそ一気にできる工事でもある。「自分たちの商品に誇りを持ってやりたい、ならば、今だ」――。そう中長期的な判断に踏み切りました。
■ 若手社員を大抜擢
社員たちを見ていると、いわゆる「2・6・2の法則」を感じます。会社に来ても来なくても給料は出ます。社員たちを見ると「2割の子は『自己成長の期間』と考えてめちゃくちゃ勉強した。6割は勉強したりしなかったり。2割は長期休暇と思って何もしなかった」――。
その勉強しない2割の社員に一瞬「イラっ」とすることも。
しかし、同時に思いました。「自分がちゃんと関わってなかったな。アカン!」
そう思いなおし、社員全員に手紙を書いて、お礼も述べました。
一方、「上位2割」たる社員たちは猛勉強です。なかでも一人の女性社員のエピソード。
「仕事に行けないのは残念ですが、人生で家にこれだけ長くいるのは最初で最後でしょう。だから後悔しないようにします」――、そんな言葉をくれました。そして英語、韓国語、決算書の読み方、秘書検定などを自分で猛勉強しています。
その彼女を、このたび沖縄に新設するホテルの支配人に大抜擢しました。なんと新卒出身のまだ26歳です。コロナの苦境だからこそ、社員一人ひとりの真価本領があぶりだされました。
■ コロナから「逃げない」
たっぷりある時間のなかで作ったのが「行動指針」でした。社員たちと合宿して討論、そして合計20項目が出来ました。
一例です・・・
・ お客様に常に笑顔で接します(その心=親しみを覚え安心してもらうために)
・ お客様の要望を先読みして行動します(その心=お客様の心の声を喜びと感動につなげる、期待が実現すると喜び、期待以上のことが実現すると感動)
・ 相手の名前を添えて明るく元気にあいさつします
これらの行動指針ができたことを「コロナが来てよかったこと」の一つ、と実感しています。
コロナになって気を付けたことの一つが「絶対に他責にしない」ことでした。政府が悪い、中国のせいだ、マスコミが悪い――など。絶対に他責にしないこと。
それを社員にも言っています。もし良くない事態があったなら「自分にも何か問題あったんちゃうか?」--。そう考えないとは成長はない、そう言い続けます。
そして子供たちを見て思います。「お父さんはコロナの時に逃げなかった、いつの日か子供たちにそう言いたい」
■ 明けない夜はない
わずか一年前までのインバウンド絶好調の時を振り返って思います。
「自分は天狗だった。人前では『社員のおかげ』と言っても、心の中では『自分の戦略が当たった』と思っていた」
だから今回コロナになって良かったのは「少しは謙虚になれた」こと。どん底だから、とても傲慢になどなれない――。
講演の締めくくりに、社員にもよく言っている言葉としてこう語りました。
「明けない夜はない。でも夜にしかできないことがある。いまは夜にしかできないことを精いっぱいすると決めている。夜に頑張った人ほど、夜が明けたときの喜びはさらに大きい、そう信じてこれからも前を向いて進んでいく」
コロナの渦中において持てる力をすべて振り絞る経営者、そこから放出される強烈なエネルギーが会場を満たしました。我々も決して負けてはならない。
橋本専務、そして道頓堀ホテルのスタッフの皆さん、ありがとうございました。
■ Facebook 記事
https://www.facebook.com/syouzou.sakamoto/posts/3395492677208996