己より優れた者と働くために [給料袋メッセージ 196]

【己より優れた者と働くために】

 

きょうは25日、給料袋のメッセージを書きました。
父の後を継いでからの24年間、経営者としての私の時間の使い方が大きく変わりました。
その変遷をまとめてみました。
 

 

[通算196号]
 

 

 

 

 

 

 

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社員の皆さん、ご家族の皆さんへ
いつも社業への貢献、ありがとうございます。
 

 

今月も私が会社を留守にする日がたくさんありました。

研修の受講やアシスタント、業界団体の会合などです。

きょうも人間ドックで1日留守にしています。
 

 

こうして私が会社を離れても

日々の業務をしっかりと回していただいていることは、

決して当たり前ではありません。

この視点から私が3代目を継いだ24年間を振り返ってみます。
 

 

■ 会社を留守にできなかった過去
 

 

私が29歳のときに先代社長が他界してから、まるで私は馬車馬のようでした。

会社と自宅が一緒でしたから、朝起きてから深夜まで働いていました。

平日に会社を留守にすることなど、ほぼありませんでした。

 

2006年に結婚したのですが、新婚旅行は年末年始でした。

わざわざ旅行代金の高い時期を選んで行っています。

それほど平日に会社を留守にすることに自信がなかったのでした。

 

■ リーダーの居場所

 

29歳からの10年間、まさに現場にかじりついていた私でした。

転機がリーマンショックによる大赤字。

どうしてよいかわからない私は、社外に学びを求めました。

 

経営には原則や定石といったものがある。

それを全く知らずして10年間も経営していたわけです。

学び続けるうちに私は「無免許運転」の経営者だと悟りました。

 

最初に学んだ「なにわあきんど塾」で、こんな問い掛けがありました。

 

 

「ジャングルで木を伐採して道を切り開いているとき、

リーダーはどこにいるべきですか?」

 

皆さんなら、何と答えますか?

 

 

私は

「リーダーは率先垂範。先頭に立って汗水たらして働くこと」

と思いました。

 

 

ところが講師の先生はこのように言いました。

 

「リーダーは斧を捨てて高い木に登れ。そして進むべき方向を示せ。

みんなが懸命に働いている中、自分だけが働いていないと批判されるかもしれない。

しかしその怖れに打ち克ち、ひとり高い木に登れるかどうか」

 

この話を聞いて、まさに当時の私は最前線で斧を振るっているだけだった、

そう身につまされました。

 

父が急に不在となり、私は社内で最も経験が浅かったにもかかわらず社長になりました。

私にできることは、誰よりも一生懸命に働くことでした。

朝から晩まで現場と事務所にこもり、電話・ファクス・電卓と格闘していました。

 

その結果、世の中の動きをキャッチしたり、この会社全体の方向性を決めたり、

仕組みを整えたりする人間が誰もいなかったのでした。

リーマンショックによる大赤字は必然でした。

 

■ 緊急ではないが重要なこと

 

リーマンショック後の2009年から社外に飛び出しました。

同友会の訪中団に参加して1週間ほど会社を留守にする、

そんなこともザラになりました。

 

私が留守でも会社が回るように「値段マニュアル」など

様々な手順書を整備していきます。

これらのマニュアルのおかげで社内の基準が整っていきました。

新人に仕事の手順を教える時にも大いに役立ち、

仕事を改善する叩き台にもなりました。

 

それから数年して、私は事務所のセンターのポジションから離れました。

「その日にしなければならない緊急な仕事」を私がすることは、ほぼ無くなりました。

 

代わりに私が注力したのは、

いわゆる「第2象限」(緊急ではないけれども重要なこと)でした。

 

経営者としての能力開発、経営計画、先々の資金繰り、

新規開拓営業、採用と育成、さまざまな仕組みの整備でした。

 

これが「高い木」に登ってリーダーがすべきことでした。

 

リーマンショックの大赤字から経営改革を始めて14年になります。

13年連続で黒字を重ね、財務体質も一変しました。

今年で離職者ゼロが10年目になろうとしています。

社風もガラッと変わりました。

 

私が現場にしがみついていた最初の10年間とは、

まったく別の会社になりました。

 

■ 社員の皆さんの能力アップ

 

仕事を皆さんにお願いすればするほど、一人ひとりの能力が高まりました。

特にこの数年間は「教え合い」を進めることにより、

一人でいくつもの仕事を身につけてくれました。

 

まず工場。

業界を代表すると言っても過言ではない職人に誰もが育ってくれました。

坂元鋼材の高い技術力を保証してくれています。

 

私も28歳で入社してから3年ほど現場で鉄板を加工しました。

だから当社の技術力の高さが良く分かります。

当時の私などが出る幕では全くありません。

 

レーザー加工機もプラズマ加工機もCAD/CAMも、私など手も足も出ません。

皆さんの技術力に支えられています。

 

事務所もそうです。

日々の仕事のやり取りを横で聞いていますが、顧客対応の丁寧さ、

仕事の正確さ、そして速さ、素晴らしい仕事ぶりに感嘆しています。

 

かつて夜中までファクス・電卓と格闘していた私でしたが、

皆さんの力を借りることで残業ゼロの職場が実現しています。

外回り営業・新規開拓も、いまや私よりも皆さんの方が率先してやってくれています。

 

経理業務も分担が進みました。

しかも月の初日に前月の試算表が出る会計処理のクオリティを維持してくれています。

顧問の立道岳人先生も大絶賛される「世界一速い試算表」です。

 

一人ひとりの能力アップ、教え合いのおかげで強い組織が出来ています。

 

■ カーネギーの墓碑の言葉

 

皆さんの能力の高さを思うとき、

アメリカの鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの墓碑に刻まれていると言われる名言が頭に浮かびます。

「己より優れた者と働く技を持つ者、ここに眠る」 

 

人は一人ではしょせん1馬力です。

多くの人の力を借りて束ねることによって何馬力にもなる。

 

では、どんな時に人の力を、

それも「己より優れた者」の力を借りることが出来るのでしょうか?

 

皆さんは、なぜ会社に、そして私に力を貸してくださるのでしょうか?

 

いまや転職が非常に楽な時代です。

転職サイトも全盛です。

登録しておけばスマートフォンやパソコンに情報がいくらでも来る時代です。

ヘッドハンティングでありスカウト。

自分の「市場価値」を客観的に比べることも容易です。

 

■ 私の責務

 

そんな転職自由な時代にあっても「坂元鋼材で働く」「この職場で力を尽くす」

と社員の皆さんが選び続けるような会社にすること、それが私の責務です。

 

いつの時代でも働く者が求めるのは物心両面の幸福です。

それが実現できるよう会社を整えることが私の最大の仕事です。

 

自分の働きが正当に評価されて高い報酬で報われ、承認されること。

働き甲斐を感じられ、社会的に価値の高い仕事をしているという実感が持てること。

すなわち経済的にも精神的にも満たされること。

 

そしてホワイト企業を目指し続けること。

休暇がしっかり取れて、過度な残業もないこと。

すなわち肉体的にも精神的にも安全安心な職場であること。

 

さらに人間関係の良好な職場であること。

人生の最良の数十年間、1日の最も活動的な8時間をともに過ごす仲間です。

家族よりも長い時間をともにしています。

だからこそ人間関係にまつわるストレスは極小化したい。

経営改革の14年間でも最も意を尽くしたのがここです。

 

私よりもはるかに職務遂行能力の高い皆さんが私に力を貸してくれること、

それは私が「この会社を良くすること」に社内の誰よりも熱意を傾けて初めて可能なのだと思います。

 

高い木に登らせていただいていることに感謝し

「坂元鋼材で働いてよかった」と思ってもらえる職場づくりにこれからも全力を尽くします。

 

2023年7月25日
坂元鋼材株式会社 代表取締役 坂元正三

 

 

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