企業の存在価値 [給料袋メッセージ 79]

【企業の存在意義】

 

きょうは25日。給料袋のメッセージを書きました。
東北で津波に被災した老舗企業の奮闘ぶりから学んだことです。
(通算79号)

 

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社員の皆さん、ご家族の皆さんへ

 

いつも社業への貢献、ありがとうございます。

 

今月は岩手県で創業二百年を超える老舗しょうゆ・味噌メーカー、株式会社八木澤商店(陸前高田市)の話を書きます。4年前の東日本大震災による津波で本社・工場が流失してしまいました。その9代目・河野通洋社長(42)のお話を聴きました(大阪府中小企業家同友会・「同友会を知る会」にて)。

 

すべてを流されてもなおくじけず、社内を一致団結させて再建をめざす熱血社長でした。会社もろともの流失という最悪事に直面してなお奮起するその生き様、すべてを投げ打って会社を守り抜く姿勢に感銘を受けました。

 

河野社長は高卒後、アメリカの大学へ。帰国していったんは他業界で働いてたものの、父親の脳梗塞を機に家業に戻ります。そのころは業績不振。銀行の貸し渋りを経験し、社員のボーナスもカット。しかし経営を学び始め、重箱の隅をつつくように会社を見直したところ業績は好転。すると銀行は「借りてくれ」攻勢に。天狗にもなりました。若いころは社員との信頼関係など「くそくらえ」と思うほどのワンマンぶりだったそうです。

 

転機となったのが中小企業家同友会との出会い。入ったのは近接する宮城県・気仙沼支部でした。水産加工業者が多く、初めは「自社製品のいい得意先が増える」程度の気持ちでした。しかし、いったん学びのスイッチが入ると徐々に変わりました。社員を大切にし、全社一丸となった経営姿勢を確立されるようになります。

 

そんなころに起こった大震災。大津波で陸前高田市は町全体が壊滅状態に。八木澤商店は本社も工場も流失。真っ黒な津波が押し寄せてすべてを流してゆきます。信じられない光景ですが、現実でした。残ったのはトラック2台だけでした。社員さんも1名が亡くなっておられます。

 

河野社長は本社を失ってもなお「雇用は絶対に守る」と決断します。ところが国・行政の姿勢は「社員はいったん解雇してください。雇用保険を給付しますから」というもの。一見すると正論にみえましたが、その道は選べませんでした。家族よりも長い時間を一緒にいるのが社員。皆が津波でいろんなものを失ってしまった。社員にとっては「このうえ会社まで解雇されたら、つながりが何もなくなってしまう」のだから。

 

津波のおかげでその期の特別損失は2億2000万円に上りました。建物や生産設備などの資産が一瞬で失われたため、その年の損失が巨額になったわけです。それまで自己資本を1億円貯めていましたが、おかげで1億2000万円の債務超過に転落しました。その年の赤字が大きすぎて、たくわえを取り崩してもなお不足する非常事態に陥ったということです。会社はお金がストップすれば倒産です。低利融資を受けたり新たな資金調達を模索していますが、大変な内情です。

 

それでも会社を存続させ、雇用を守る決意の河野社長。しかし現実は甘くありません。社員には「5年後に八木澤商店はないかもしれない。しかし『会社再建にがんばった社員』として認められる存在になれ。社会から必要とされる社員になれ。そうすれば再就職も出来る」と語りました。すると社員たちは「私たちが会社をつぶしませんから」と応じました。河野社長は常に「君がいないと困る存在になれ!」と社員に語っています。

 

津波で家族を失った社員さんが何人かいます。くる日もくる日も家族を捜し求めて何百という遺体を見て回ったそうです。PTSD(心的外傷後ストレス障害)になることも。そんな社員にとって、会社に来て昼休みに連続テレビ小説を見たりして笑顔を取り戻すひと時がどれほど大切だったか。「社員どうしの横のつながりが支えになっている」とのこと。会社の存在意義を考えさせられるエピソードです。

 

河野社長の話を聞いて、私は自社のことを考えました。関西は南海トラフ巨大地震の危険性が指摘されています。地震や津波だけではありません。今月は茨城県で鬼怒川の堤防決壊がありました。ここ九条は大阪港から近く、地盤も低い。母の記憶によると、1950年(昭和25年)のジェーン台風により九条一帯は浸水し、水が膝まで来ました。余談ですが、祖父母たちはその前年に兵庫県の故郷から再び大阪へ出てきたばかり。まだまだ貧しく水道も引けずに井戸水を使っていたようですが、その井戸が浸水して使えず。向かいのお宅には水道があったので、もらい水をしたそうです。創業期の苦労がしのばれます。

 

浸水程度ならまだしも、もし津波により工場に被害が出ればどうなるか。レーザー加工機などが使えなくなり、鋼材も水没します。そうなってもなお再起できるように平時から備えをし、財務的にも蓄えを厚くしてゆかねばなりません。そして、かりに非常事態に陥っても、お客様から、そして社員から存続を願われるような企業であらねばならない。これが最も大事なことだと思います。

 

最悪を想定して最善を尽くすことの大切さを教えられました。

 

2015年9月25日               
坂元鋼材株式会社 代表取締役 坂元正三

 

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